大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)156号 判決 1980年1月29日

原告 林正英

被告 東京都教育委員会 東京都

主文

本件訴えのうち、別紙目録3ないし6記載の研修命令に関する部分を却下する。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告の請求の趣旨

1  被告東京都教育委員会が原告に対してなした別紙目録1ないし7記載の各処分をいずれも取り消す。

2  被告東京都は原告に対し、金一〇〇万円及び内金五〇万円に対する昭和五一年一〇月三〇日から、内金五〇万円に対する昭和五三年一二月二三日から右各支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

旨の判決及び第2項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告東京都教育委員会の答弁

1  原告の被告東京都教育委員会に対する訴のうち、別紙目録3ないし7記載の各処分の取消を求める部分を却下する。

2  原告の被告東京都教育委員会に対するその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決を求める。

三  被告東京都の答弁

1  原告の被告東京都に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の地位

原告は、昭和八年三月長野県師範学校を卒業し、同三〇年四月一日から東京都北区内の区立小学校において教諭、同三九年一〇月一日から教頭として勤務した後、同四五年四月一日から同区立堀船小学校、次いで同区立赤羽台東小学校の各校長として勤務していたところ、被告東京都教育委員会(以下単に「被告委員会」という。)から同五〇年四月一日付で後述の研修命令を受け、同年四月一六日から現在に至るまで都立教育研究所(以下単に「都研」という。)において研修中である。

2  被告委員会の原告に対する処分

被告委員会は原告に対し、昭和五〇年四月一日、同年三月三一日付発令通知書をもつて「東京都北区立赤羽台東小学校長を解く」旨(別紙目録1)、同年四月一日付発令通知書をもつて「兼ねて東京都公立学校教員に任命する。東京都北区立赤羽台東小学校教諭に補する」旨(同目録2。以下同目録1及び2記載の処分を「本件一次処分」という。)及び同年四月一六日に同年四月一日付発令通知書をもつて「昭和五〇年度の長期研修生として東京都立教育研究所において昭和五一年三月三一日まで研修することを命ずる」旨(同目録3。以下「本件一次研修命令」という。)を発令し、原告はこれに従つて同年四月一六日から都研において長期研修生として研修を続けていたところ、被告委員会は同五一年四月一六日、同年四月一日付発令通知書をもつて「昭和五一年度の長期研修生として都立教育研究所において昭和五二年三月三一日まで研修することを命ずる」旨(同目録4。以下「本件二次研修命令」という。)、同五二年四月一日付発令通知書をもつて「昭和五二年度の長期研修生として都立教育研究所において昭和五三年三月三一日まで研修することを命ずる」旨(同目録5。以下「本件三次研修命令」という。)、同五三年四月一日付発令通知書をもつて「昭和五三年度の長期研修生として都立教育研究所において昭和五四年三月三一日まで研修することを命ずる」旨(同目録6。以下「本件四次研修命令」という。)、同五四年四月一日付発令通知書をもつて「昭和五四年度の長期研修生として都立教育研究所において昭和五五年三月三一日まで研修することに命ずる」旨(同目録7。以下「本件五次研修命令」という。)の各研修命令を発令した(これらの研修命令を以下「本件研修命令」といい、本件一次処分と併せて「本件処分」という。)。

3  本件処分に至る経緯

(一) 被告委員会は、「高齢の公立学校長(等)に退職をすすめ、人事の刷新を図る」ためとして、昭和五〇年二月一七日付の区市町村教育委員会教育長等宛の文書をもつて、「昭和四九年度公立学校長等人事刷新要綱」を通知した。その内容は次の通りである。

(1) 目的 公立学校長等の人事を刷新し、教育実績の向上を図る。

(2) 応募要件

(イ) 高等専門学校の校長、教務主事及び学生主事で、明治四四年四月二日以降明治四五年四月一日以前に出生した者であつて、勤続期間が一〇年以上の者

(ロ) 右以外の校長及び教頭で大正四年四月一日以前に出生した者であつて、勤続期間が一〇年以上の者(以下略)

(3) 実施方法 該当する都立学校長に対しては都教育委員会教育長、区市町村立学校長(以下「公立学校長」という。)に対しては当該教育委員会教育長、教頭、教務主事及び学生主事に対しては当該学校長からそれぞれ退職を勧める。

(4) 処遇(抄) (イ)名誉昇給 (ロ)名誉昇格 (ハ)退職手当

(5) 勧奨に応じない者の措置 降任承諾書を徴して降任し、以後幹部職員にはつけないこととする。

(6) 募集期限 昭和五〇年二月二八日

(7) 退職発令日 同年三月三一日 (以下略)

(二) 原告は大正四年二月九日生れであり、昭和三〇年四月一日東京都教諭に就任以来、その勤続期間が一〇年以上になるところから、被告委員会は、原告に対して以下の通り退職を勧奨した。

(1) 昭和五〇年二月二〇日付で北区教育委員会を通して前記要綱を原告に送付した。

(2) 同年二月二六日に北区教育長及び同区教育委員会指導室長渡辺福秋を通じ、同年三月四日及び同月一〇日に右渡辺室長を通じ、同月一三日に北区教育長及び右渡辺室長を通じ、同月二五日に被告委員会人事部長有竹雅夫及び職員課長風巻磊蔵を通じ、同月二八日に右職員課長及び右渡辺室長を通じ、更に、同月三一日午後六時に右職員課長を通じて、それぞれ退職勧奨をなし、原告はそのたびにこれに応じる意思がない旨答えた。

(三) 被告委員会は、原告が退職勧奨に応じる意思のないことが明らかであるのにこれを無視し、同年三月二六日、原告の処遇は未定としておいて、北区立赤羽台東小学校長である原告の後任として訴外吉田道代を充てることとし、その内示をした。

(四) 更に、被告委員会は、同年四月一日、原告を都立白鴎高校校長室に出頭させ、原告の東京都北区立赤羽台東小学校長を解く旨の発令書、原告を東京都公立学校長に兼ねて東京都公立学校教員に任命し、東京都北区立赤羽台東小学校教諭に補する旨の発令書(即ち本件一次処分の発令書)を原告に手渡した。

(五) 被告委員会は、原告に対し、その同意を得ることなく、同年四月一日付発令通知書をもつて本件一次研修命令を発した。原告は、同命令がその意に反するものではあるが、これを拒否した場合には新たな不利益処分がなされることを危惧し、不本意ながら都研における長期研修に応じていたが、被告委員会は、同五一年四月一日付発令通知書をもつて本件二次研修命令を発し、同五二年四月、同五三年四月及び同五四年四月にそれぞの同様に、本件三次研修命令、本件四次研修命令及び本件五次研修命令を発したので、原告は都研における長期研修生として五年目を迎えている。

4  本件各措置の処分性

(一) 被告委員会が原告の赤羽台東小学校長の補職を解き、兼ねて教員に任命し、同小学校教諭に補したことは、原告を上位の校長から下位の教諭に補職換えをしたことになり、これは地方公務員法にいう「降任」に該当する。

(二) 本件研修命令は、原告を教諭としての研修に当らせるためになしたものであるから、原告の校長としての権利、利益を侵害するものである。また都研における長期研修生を命じられた者は教育不適格者であるという烙印を押されたに等しいうえに、本件研修命令は、原告にとつて勤務場所の変更を伴つた実質的な転任処分でもある。従つて本件研修命令は、いずれも抗告訴訟の対象となるべき行政処分性を有していることが明らかである。

5  本件処分の違法性

(一) 本件処分は、原告が被告委員会の退職勧奨を拒否したことを唯一の理由とし、その報復として原告を教育現場から追放するために人事権を濫用してなされたものであるから違法である。

(二) 本件退職勧奨の違法性

(1) 現行法上地方公務員には定年制が敷かれていないから、これに対する退職勧奨については、被勧奨者の自由意思を基本的前提として、不当な強制に亘つたり、故意に詐言を弄したり、或いは被勧奨者の任意の意思形成を妨げるなど、被勧奨者の判断の自由を奪う行為があつてはならないものである。

しかるに被告委員会は、原告に対し、原告が勧奨退職に応じる意思のないことに明確に表明していたにも拘らず、執拗に退職を迫り、応じない場合は都研で研修させると言つたり、後任人事を内示したり或いは、事後は降任して幹部職員の職に就けないことを明示するなどして原告を間接的に恫喝し、原告の自由意思の形成を妨げたうえ本件処分をした。かかる被告委員会の退職勧奨の方法は、教育公務員に対する身分尊重の原則(教育基本法第六条第二項)に違反するものである。

(2) 被告委員会は、一定の年齢で一律に退職を勧奨し、他方東京都条例は、これに応じて退職する者についてのみ優遇措置を講じ、これに応じない者に対しては、それ以後は昇給をさせず、また退職手当の算定にあたつてもそれ以後の勤続年数を考慮しないという不利益措置を講じているが、これは条例によつて実質的定年制を導入した結果となつている。しかし地方公務員法は職員の身分を保障し、定年制の実施を禁止しているのであるから、右都条例は憲法第九四条、地方自治法第一四条第一項、地方公務員法第二七条第二項に違反している。しかるに被告委員会は、一定年齢に達した者について同条例との組合せによつて退職を勧奨しているから、かかる退職勧奨は違法である。

(3) 被告委員会は、公立学校の校長及び教頭に対しては六〇歳をもつて退職勧奨をしている。しかし教諭については六〇歳ないし六三歳、都立高等専門学校の校長、教務主事、学生主事については六三歳をもつてそれぞれ退職勧奨をしている。また教諭が退職勧奨を拒否した場合には、被告委員会は、勧奨拒否者に対してなんらの条件も付してないし、またそのまま同一校にとどめ、転任、降格、研修を命ずることもない。右のような退職勧奨は、地方公務員法第一三条、第二七条第一項の公務員平等、公正取扱の原則に違反している。

(三) 本件一次処分の違法性

本件一次処分は、原告の意に反した降任処分であり、地方公務員法第二七条第二項、第二八条第一項に反する違法がある。即ち、校長、教頭、教諭の職の間には行政組織上の上下関係が法制上存在することは明白であるところ、原告は現に補職されていた赤羽台東小学校長の補職を解かれ、同一学校の教諭に補職されたのであるから、被告委員会の原告に対する本件一次処分は降任処分であり、これは同被告が、原告が退職勧奨を拒否したことに対してなしたものであつて、原告の意に反した降任処分である。

もつとも被告委員会は、原告の公立学校長の身分はそのまま残しているが、特定の同一学校において校長の補職を解かれて教諭に補されたのみでなく、被告委員会には原告を将来校長として補職する意思もないのであるから、原告が校長の身分を保有していることは、本件一次処分が降任処分であるという判断になんらの影響を及ぼすものではない。

更に、公立学校長の身分と補職は不即不離の関係にあるから、校長の職を解くということは実質的に校長の身分を失わせることであり、校長の身分のみを残すことはその実体のない形式のみを残すことになる。したがつて、補職のみを解くことは、本人の同意があるか又は法律に定める事由がある場合を除き、公立学校長を免職させなければできないものである。よつて被告委員会が原告に対し、公立学校長の身分のみを残し、区立赤羽台東小学校長の補職を解き、兼ねて公立小学校教員として同小学校教諭に補した行為(本件一次処分)は、原告の意に反した降任処分であつて、違法である。

(四) 本件研修命令の違法性

(1) 本件研修命令は、法律上の根拠がなくしてなされたものであり、更に、教育公務員の研修は、一般公務員の場合と異なり、その職責遂行のため不可欠のものであり、教育基本法第六条第二項所定の教師の全体の奉任者としての自律性とその専門職的身分の尊重を前提としていることが明らかであるから、本人の同意がない限り職務命令として研修命令を発することはできない。したがつて本件研修命令は、教育基本法第六条第二項、教育公務員特例法第一九条、第二〇条に反する違法な処分である。

また教育公務員に対する研修命令は、教育の目的に合致し、その職責遂行のために必要不可欠のものでなければならない。しかるに被告委員会は、原告を校長として教育現場に復帰させる意思がないのであるから、右命令は明らかに教育公務員特例法の趣旨に反する。

(2) 都研における長期間の研修制度としては、校長長期研修生、教員研究生及び長期研修生の三制度があるが、前二者がいわゆるエリートコースであつて、多数の申込者の中から選抜されて、論文その他の研究成果も公表されているのに対し、長期研修生制度は、いわば教育公務員としてなんらかの欠陥のある者を是正するための制度として運用されて来ているため、「乙研」と蔑視、呼称されているのが実態である。現実に原告と共に長期研修生を命じられているその余の研修生は、いずれも学校紛争やPTAで問題を起こしたり、あるいは精神障害を有する教師であつて、社会的にも蔑視の対象となつている。被告委員会は、原告が同委員会の退職勧奨に応じなかつたことに対する制裁的な不利益処分としてこのような実態を有する長期研修生を命じたものであつて、違法である。

6  結論

(一) 原告は、本件一次処分並びに本件一次研修命令については昭和五〇年五月二八日、また本件二次研修命令については同五一年六月九日、それぞれ東京都人事委員会に対して審査請求をなしたが、同委員会は、右請求のあつた日から三か月以上を経過した今日に至るまで裁決をしない。

(二) よつて原告は被告委員会に対し、前記の違法事由に基づき本件処分の取消を求める。

(三) 原告は前記のとおり、違法な退職勧奨及び本件処分によつて、校長職を解かれて校長として教育現場において教育に携わる権利を奪われ、かつ都研において「乙研」と言われる屈辱的研修生活を強いられ、重大な精神的苦痛を被つた。これによる損害は、本件処分の取消をもつてしても回復できないものであり、これを慰藉するに金銭をもつて評価すれば、本件一次処分から本訴状送達の日(昭和五一年一〇月二九日)に至るまでの期間につき金五〇万円、その後昭和五三年一二月二二日に至るまでの期間につき金五〇万円をそれぞれ下らない。被告委員会がなした本件退職勧奨及び本件処分にかかる事務の帰属する公共団体は被告東京都であるから、同被告は国家賠償法による国家賠償責任を負うべきものである。

よつて原告は被告都に対し、慰藉料計一〇〇万円及び内金五〇万円については履行期の後である昭和五一年一〇月三〇日から右支払済みまで、残金五〇万円については履行期の後である同五三年一二月二三日から右支払済みまで、各民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告委員会の本案前の抗弁

本件研修命令は職務命令であつて、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。本件研修命令によつて原告は公立学校長たる身分やその給与に影響を受けることはなく、本件研修命令は原告の公務員としての権利、利益を害することあるべき公権力の行使にあたらないのである。

仮に右命令が行政処分であるとしても、昭和五〇年度ないし同五三年度の長期研修生を命じた研修命令はいずれもその期間が既に経過しており、取り消されるべき対象が消滅している。

したがつて、本件訴えのうち、本件研修命令に関する部分(少なくとも昭和五〇年度ないし同五三年度の研修命令に関する部分)は却下を免れない。

三  請求の原因に対する被告委員会の認否、反論

1  第1項記載の事実は認める。

2  第2項記載の事実は認める。但し、本件研修命令が行政処分であることは争う。

3(一)  第3項(一)記載の事実は認める。

なお東京都における公立学校長に対する退職勧奨の状況は次のとおりである。

被告委員会は、東京都の公立学校長の人事施策の一環として、昭和三一年度以降、一貫して、次の(1)ないし(4)の趣旨をもつて、当該年度内に満六〇歳を迎えた公立学校長に対してその退職を勧奨すると共に、勧奨に応じて退職する校長に対しては、名誉昇給、名誉昇格、退職手当の優遇措置等の配慮をしてきた。

(1) 高齢の校長に通常認められる校務管掌能力の低下を未然に防ぎ、教育活動の沈滞を回避する。

(2) 後進教員の校長への昇任の機会を促進し、校長の新陳代謝を実現することにより、後進教員の志気の向上を図り、教育実績の向上を促進する。

(3) 勤続年数の伸長に伴う教員給与の負担の増加を防ぎ、財政支出の適正を維持する。

(4) 一般教員の校長への昇任に伴い、一般教員についても、新規学卒者の採用を促進し、教員の若返りを図り、その年齢構成の適正化による教育実績の向上を促進させる。

退職勧奨によつて実現しようとするこのような目的に鑑み、東京都の公立学校長の退職勧奨年齢は、年度毎に被告委員会がこれを定めて退職勧奨を行なつて来たが、退職勧奨年齢は、東京都の財政事情、教職員の年齢構成、補充の難易、教育実績の向上、教育活動の効率的な運営、新陳代謝の促進、従前の慣行等を総合的に考慮して定められて来たものである。

そして東京都の公立学校長に対する退職勧奨の運営は、昭和三一年度以来一貫して、当該年度内に満六〇歳を迎えた者について、その年度の最終日たる三月三一日をもつて退職するよう実施されて来ており、その間勧奨を受けた者は、極めて少数の例外を除き、殆ど全員がこれに応じて円満に退職しているのであつて、この取扱は既に二〇年来慣行的に行なわれて来たのである。東京都の知事部局における管理職の退職勧奨年齢が五七歳であること、東京都以外の道府県の公立学校長の退職勧奨年齢が、小、中学校長についてはその殆どが五八歳ないし六〇歳であり、六〇歳を超えてから退職勧奨をする道府県は皆無であることなどと対比するときは、東京都の公立学校長についての退職勧奨の慣行的実態に不合理な点はない。

昭和四九年度の東京都の公立学校長の退職勧奨については、被告委員会はその対象者を大正四年四月一日以前の出生者としたが、これは次の如き配慮に基づくものである。

(1) 東京都の公立学校長の退職勧奨は前記のとおり、昭和三一年度から一貫して満六〇歳をもつて行なわれて来たものであり、東京都の知事部局の管理職の退職勧奨年齢は昭和四九年度も満五七歳であつて変化がなく、更に他の道府県の公立学校長の退職勧奨年齢の実情も六〇歳を超える所がなかつたこと。

(2) 昭和四九年度中に満六〇歳に達する東京都の公立学校の校長は、都立学校分を除いて約二〇〇名であつて、これは例年の退職校長数と大差がなく、従来の人事管理の経過に照らし、少なくともこの程度の校長退職者がないと教頭から校長への昇任が著しく阻まれると共に、教諭の教頭への昇任も制約され、ひいては一般教員の新規採用にも影響を来すことになる。かかる結果は、人事の刷新を阻害することはもちろん、教員の志気の低下を来し、さらには教員の年齢構成にも悪影響を生ずる恐れがあること。

(3) 東京都の財政事情及び補充の難易については、特に前年度に比して、退職勧奨対象者数を制限すべき変化は認められなかつたこと。

(4) 従つて従前の退職勧奨年齢を特に改めなければならない積極的必要性が認められないこと。

そして右基準に基づいて退職勧奨を行なつた結果、公立学校長中の該当者は、原告を除き、全員退職し、原告の所属する赤羽台東小学校においても、教頭及び教諭一名が勧奨に応じて退職したのである。

(二)  同(二)記載の事実は認める。なお、原告に対する本件一次処分及び研修命令発令の経緯は次のとおりである。

(1) 原告は前項記載の退職勧奨該当者であつたので、被告委員会は昭和五〇年二月二六日以降、東京都北区教育委員会教育長、同指導室長、東京都教育庁人事部長、同職員課長を通じて数回にわたつて原告に退職方を勧奨したが、同年三月三一日に至つても原告は退職に応じなかつた。そこで、被告委員会は、公立学校長の人事を刷新するため、原告の校長たる身分を保有させたまま、北区立赤羽台東小学校長の補職のみを解き、同校の校長に訴外吉田道代を補することとし、他方原告の多年の校長ないし教育公務員としての知識、経験を広く教育公務員全般に役立たせることを期待すると共に、東京都の公立学校教育に資することを望み、原告に対して長期研修を命ずることとした。

(2) ところで原告に対する右長期研修については、都研において、その指導の下にこれを実施することが適切であるが、都研における教育公務員の長期研修は、校長長期研修生、教員研究生、長期研修生の三種に区分されていて、原告に対しては前二者は適当でないので、原告に対し昭和五〇年度の長期研修生として都研において同五一年三月三一日まで研修することが命じられたのである。

(3) 校長の身分を有する者に対し都研において長期の研修を命ずる場合には、従来よりそれが校長長期研修生であると長期研修生であるとを問わず、校長の補職を解く(但し、教頭から校長への昇任に伴う校長長期研修生の場合は校長としての補職はない。)ことを例としている。これは長期間にわたつて研修中の校長は、実際に特定校の校長として職務を行なうことが不可能であるという人事管理上の配慮によるものである。しかしこれらの場合には、校長の身分は保有していても、補職がないと、その所属及び区市町村立学校の職員であることが不明確となるため、公立学校長に兼ねて公立学校教員に任命し、公立学校教員として特定の学校の教諭に補職することにし、その補職先は従前の勤務校とされるのが例である。即ちこの場合に公立学校教員に任命し、特定の公立学校の教諭に補するのは右の趣旨に沿つた形式的措置である。

(4) 右のような取扱に従い、被告委員会は原告に対し、その公立学校長の身分を保有させたうえで、本件一次処分及び本件一次研修命令を職務命令として発したのであり、研修を命ずる職務命令は、今日に至るまで、毎年引き続き行なわれている。

(三)  同(三)記載の事実は認める。但し、原告に対しては、昭和五〇年三月二六日に赤羽台東小学校長の補職を解く旨の内示をしているので、原告の処遇未定のまま後任校長の内示をしたものではない。

(四)  同(四)及び同(五)記載の事実は認める。但し原告の心理状態については不知。

4(一)  第5項(一)記載の事実は争う。そもそも東京都内において、公立学校長が現実に勤務することのできる学校数には限度があり、他方五〇歳台の教員(都立学校分を除く)のうち、校長に昇進し得るのはその五分の一程度の少数に過ぎないので、校長の職が適時適切に新陳代謝されることは、校長の校務管理能力の維持による教育活動の沈滞回避のため必要であるばかりでなく、むしろ後進教員が校長に昇進し得る機会を保持促進して、後進教員の志気の向上を図り、教育実績の向上を促すために必要不可欠である。このような要請に基づいて実施した退職勧奨の結果、勧奨に応じない校長のあるときは、校長の身分を保有させたまま補職を解いて後進に道を開くことが要求され、このような人事上の処理をしなければ、継続的に校長人事の適切な運営を維持することはできない。被告委員会が人事の刷新と称するのはこのことであつて、勧奨に応じない校長に対して降任承諾書を徴して降任するよう指導しているのもその一環である。原告に対して赤羽台東小学校長を解く旨の発令をしたのはこの意味における校長人事の刷新のためであつて、この措置は人事施策として十分合理的なものである。

(二)  同(二)(1)記載の事実は争う。公立学校長に対する退職勧奨は、それが強要にわたらない限りその趣旨を説明して該当者を説得することが妨げられることはなく、原告に対する本件退職勧奨も右の域を出ないものであつて、なんらの違法はない。

また退職勧奨は、本来、勧奨と説得による任意の退職を期待するに止まるものであるから、これに応じない者が生じることは避けられず、また降任を承諾しない者が生じることも予想されるところであつて、被告委員会がこのような者に対し、法律違反や職務違反があつたかの如く認識したり、そのような態度で臨むことは全くない。

(三)  同(二)(2)記載の事実のうち、勧奨に応じて退職する者には優遇措置が講じられていることは認めるが、その余の事実は争う。

(四)  同(二)(3)記載の事実のうち、公立学校長と教諭又は都立専門学校長等の退職勧奨年齢には原告主張の差があること、退職勧奨を辞退した教諭はなんらの条件も附せられず、同一校にとどめて転任、降格、研修も命じられていないことは認め、その余の事実は争う。

校長、教員間の対象年齢の基準の差は、東京都の財政事情、教職員の年齢構成、補充の難易、教育実績の向上、教育活動の効率的な運営、新陳代謝の促進、従前の慣行等を考慮したところから生ずるのであつて、単に年齢のみによつて一律に決まるものではない。また教諭が退職勧奨を辞退した場合には、人事管理上校長と同様の措置をとる必要はなく、同一校に引き続き勤務させても別段の不都合はないからである。限られた人数の者しか補職することのできない特定校の校長に対する新陳代謝の必要性は、その給源が通常一般教員であることと相俟つて、教育実績の向上や教育活動の効率的な運営を実現するために極めて大きいことは言うまでもない。校長は本来、一般教員の中から選ばれてその地位に就いた者であり、一般教員と異なる特別の権限と職責を有するものであるから、単純かつ部分的に一般教員と比較して平等や差別を論じることは無意味である。

(五)  同(三)記載の事実のうち、被告委員会が原告を校長として教育現場に復帰させる意思のないことは認めるが、その余は争う。原告が校務に携らない校長の身分を有することは法律上差し支えないことである。教育公務員の全体系から校長の身分を有する者が学校現場以外にはあり得ないとか、又は学校数と校長数が一致しなければならないとする根拠は存しない。

(六)(1)  同(四)(1)記載の事実は争う。教育公務員には研修義務が課せられており、任命権者が研修命令を発するに当つて受命者の同意を得る必要はない。教育行政は教育条件の整備確立を目標として行なわれるべきものであり、教育行政機関は良き優れた教師を教育の場に送ることがその義務であるから、教師に研修を行なわせ、資質の維持向上を図るのは当然のことである。都研における長期の研修についても、校長長期研修生の一部(教頭から校長に昇任したばかりで特定校の校長としての補職のない者)や長期研修生の一部については、本人の内諾、同意のないまま研修を命じている。

原告はまた、研修は原告の校長職という職責遂行と関連するものでなければならないと主張するが、これは原告が特定校の校長であるという前提に立つものであるところ、被告委員会は、原告の赤羽台東小学校長の補職を解き、単に校長たる身分を有する地位に置いたうえで研修を命じたのであるから、その前提が誤つている。仮にそうでないとしても、研修は職責を遂行するために行なうものであるから、職責遂行に役立つものはすべて研修の対象になるのであつて、研修の具体的課題を離れ、抽象的類型的に一概に職責に無関係であるということはできない。

(2) 同(2)記載の事実のうち、都研における長期の研修に原告主張の三制度があることは認めるが、その余は争う。

校長長期研修生とは、公立学校長から、研修終了後直ちに校長に補職し、校長としての職務に従事させることを予定して研修を受けさせるものであり、教員研究生とは、公立学校教員中から公募して選考に合格した者に対し、一定期間都研又は大学等において研修させる制度であるが、公立学校の校長及び教員のうち、長期の研修をさせることが適当で、かつ、右の校長長期研修生及び教員研究生に該当しない者を長期研修生と総称しているのである。長期研修生の研修目的は、本人の人格識見を高め、資質、能力の向上を図り、広く教育公務員全体のために役立たせることにあるのであるから、校長の身分を有する者に対しても、必要な場合には長期研修生としての研修命令を発し得るのである。

長期研修生制度は、被告委員会にとつて好ましくない者に対する制裁的な制度であるとする原告の理解は誤解であつて、教諭で長期研修生となつていた者が、研修終了後直ちに東京都内の市教委学校教育課長や都研主任指導主事等を命じられた例もある。

被告委員会は原告の研修の成果に期待を置いており、昭和五〇年度以降引き続いて長期研修生を命じ、原告の研修の発展充実を図り、その内容を綜合的に活用することを望んでいるのであつて、研修命令に懲罰的意味は全くない。長期研修生を命じられる事情も、研修生によつて千差万別であるし、研修終了後指導的地位に就く者もいるのであるから、長期研修生を命じられたからといつて原告の名誉が損われるということはなく、また長期研修生制度には元来研修者に苦痛や屈辱を与えるが如き性格は全く存しないのである。

5  第6項(一)記載の事実は認めるが、同(二)及び同(三)は争う。

四  被告東京都の請求の原因に対する認否、反論

1  第1項ないし第4項記載の事実に対する認否等は、被告委員会と同一である。

2(一)  第5項(一)記載の事実は争う。

(二)  同(二)(1)記載の事実は争う。退職勧奨は、任命権者がその人事権に基づいて雇用関係にある者に対し、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす説得等の行為であつて、法律に根拠を持つ行政行為ではなく、単なる事実行為である。したがつて被勧奨者はなんらの拘束なしに自由にその意思を決定し得ることは当然であつて、説得等の行為が、右の退職勧奨として許容される限度内のものである限り、勧奨それ自体が不法行為を構成することはない。本件の場合においても、被告委員会の職員が原告に対し、不当に原告の意思の変更を強要するような退職勧奨を行なつた事実は全くない。

東京都における公立学校長に対する退職勧奨は、それに応じて退職する者に対する優遇措置と共に、昭和三一年度以来今日に至るまで引き続き一貫して実施されて来たものであり、その間退職勧奨を受けた者は殆ど全員が勧奨に応じて円満に退職しているのであつて、この取扱は既に二〇年来慣行的に行なわれて来たものである。このような勧奨による退職というものがいわば制度として現に存在し、定着している以上、人事上の公平を期するためにも、不当な強要にわたらない限り、充分な説得によつてその理解を得るよう努めることが必要なのは当然のことである。

被告委員会の人事担当者が原告に対し、退職勧奨の趣旨について十分な理解と協力を得るために再三にわたつて説得を試みたことはその職責上当然であり、単にその回数が数回にわたつたからといつて、直ちに違法な権利侵害となるわけではない。

3  同(二)(2)ないし(三)記載の事実に対する認否等は被告委員会と同一である。

4  同(四)(1)及び(2)記載の事実は争う。元来公務員の研修は、それ自体としては研修を命じられた者の権利義務に対して直接不利益を与えるものではないから、一般には研修を命ずること自体が違法な権利侵害として不法行為を構成することはない。

本件の場合においても、原告に対する本件研修命令は、原告の多年の校長ないし教育公務員としての知識と経験を広く教育公務員全般に役立たせることを期待し、かつ、東京都の公立学校教育に資することを望み、原告に対してこれが研究の機会を与えるためになされたものであるから、その点でなんら違法なものではなく、また原告の権利、利益を侵害するものではない。

更に原告は、長期研修生を命じられた者は教育不適格者であると主張するが、長期研修生を命じられたからといつて、そのことから直ちに原告の名誉が毀損されるいわれは全くなく、都研における長期研修生の制度は、その目的から考えても、研修生に苦痛や屈辱を強いるような性格を有するものではない。

5  第6項(三)記載の事実は争う。

第三証拠関係<省略>

理由

一  当事者間に争いのない事実について

原告は、昭和八年三月長野県師範学校を卒業し、同三〇年四月一日から東京都北区内の区立小学校において教諭、同三九年一〇月一日から教頭として勤務した後、同四五年四月一日から同区立堀船小学校、次いで同区立赤羽台東小学校の各校長として勤務していたこと、原告は同五〇年二月八日には退職勧奨年齢の満六〇歳に達したため、被告委員会は同年二月二〇日ころから再三再四原告に対して、同年三月三一日付をもつて退職されたい旨勧奨したが、原告はこれに応じなかつたこと、被告委員会は、原告に対し、その同意を得ないで同五〇年四月一日本件一次処分をし、次いで同月一六日本件一次研修命令、同五一年四月一六日同二次研修命令、同五二年四月一日同三次研修命令、同五三年四月一日同四次研修命令、同五四年四月一日同五次研修命令を発したことは当事者間に争いがない。

二  被告委員会の本案前の抗弁について

被告委員会は、本件研修命令は職務命令として発せられたものであり、原告の地位及び給与等に変動を及ぼすものではないから、同命令は公権力の行使にあたらないし、また、仮に同命令が公権力の行使にあたるとしても、本件一次ないし四次研修命令については、いずれもその期間が経過しており、取り消されるべき対象が消滅しているから、本件訴えのうち、同研修命令に関する部分は不適法である旨主張するので、判断する。

前記当事者間に争いのない事実に加え、被告委員会は、原告を将来小学校長として補職する意向のないことを自認していることに照らせば、本件研修命令は、原告の身分上の利害に重大な影響を及ぼすものであるということができる。したがつて本件研修命令は、単に原告に研修を命じた職務命令であるというにとどまらず、実質上転任処分の性格を有するものとして、行政事件訴訟法第三条第二項にいう取消訴訟の対象になるものと解するのが相当である。

しかしながら、本件研修命令はいずれも研修期間をそれぞれ一年と限つたものであつて、本件一次ないし四次研修命令については、既にその研修期間が経過していることが明らかであり、もはやこれらの研修命令を取り消しても原告には回復すべき地位がないから、原告の本件訴えのうち、右研修命令の取消を求める部分は、訴えの利益を欠き、不適法であるといわなければならない。

三  原告の被告委員会に対する請求について

1  原告は、本件処分は、原告が退職勧奨を拒否したことを唯一の理由とし、その報復措置として、原告を教育現場から追放するために人事権を濫用してなされたものであるから違法である旨主張するので、判断する。

前記当事者間に争いのない事実に加え、成立にいずれも争いのない甲第一号証ないし五号証、第六号証の一、二、第八号証、第一六号証、第二三号証、第二九、第三〇号証、第三七、第三八号証、第四一号証、同乙第六号証、原告本人尋問の結果によつて成立が認められる甲第七号証の一ないし九、第三六号証の一ないし三、証人風巻磊蔵の証言によつて成立が認められる乙第五号証、証人坂本林三及び同風巻磊蔵の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  教育公務員の定年制が現行法上認められていないことから、被告委員会においても、昭和二〇年代後半ころから、教員の高齢化に伴う人事の硬直化と人件費増加に伴う財政の硬直化を回避するためのやむを得ざる措置として、公立学校長に対するいわゆる退職勧奨が問題となつた。公立学校長に対する退職勧奨は、第一に、校長の高齢化によつて生ずる校務管掌能力の低下を未然に防止し、また、一般教員の校長への昇任とその補充のための新規学卒者の採用を促進することによつて、一般教員の志気の向上とその年齢構成の適正化が図られ、かつ、教育実績の向上が促進され(人事刷新と教育実績の向上)、第二に、勤続年数の伸長に伴う給与の負担の増加を防ぎ、財政支出の適正化が図られる(財政負担の軽減)ことになる。

そこで被告委員会は、昭和二七年一〇月、初めて、同年度中に六〇歳以上になる公立学校長を対象として退職勧奨をし、一名の校長を除いた全員がこれに応じて退職した。次いで、被告委員会は、同三〇年九月、人事刷新要綱を作成し、同年度中に六〇歳以上になる同校長を対象として退職勧奨をしたところ、全員がこれに応じて退職し、それ以降、一貫して、公立学校長の退職勧奨年齢は六〇歳とされ、退職勧奨が行なわれてきた。同三〇年度から同四八年度までの間に退職勧奨を受けた校長は、二名を除き、全員がこれに応じて退職し、又は教諭になつたのであるが、同三二年度と同四六年度に各一名の校長が退職勧奨に応じなかつたため、被告委員会は、右校長に対し、本件一次処分と同様な処分をしたうえ、本件研修命令と同様の措置を講じていた。

東京都の公立学校長を除く教育公務員に対する被告委員会の定める退職勧奨年齢は、教頭は、校長と同じく六〇歳、教諭は六〇歳ないし六三歳、都立高等専門学校の校長、教務主事、学生主事は六三歳となつている。また、東京都の知事部局における管理職職員の同年齢は五七歳であり、この場合にはすべての者が退職勧奨に応じている。

因みに他の道府県における教育公務員の実情を見ると、小、中学校の場合、校長と教諭で退職勧奨年齢(上限)に差を設けているのは二一県であるが、いずれも校長の方が教諭より高齢で勧奨されることになつており、教諭の方が校長より高齢であるというのは独り東京都のみであるが、他面教諭の退職勧奨年齢が六〇歳を上回つているのも東京都のみで、他に例がない。しかし、このような東京都における教諭の退職勧奨年齢は、同都における一般職の職員との均衡上、これと同様に定められていることによるものである。

(二)  被告委員会は、昭和五〇年二月一七日、同四九年度の退職者を募るにあたり、公立学校長につき、従前と全く同様に、満六〇歳に達した校長に退職を勧め、勧奨に応じて退職する校長には名誉昇給、名誉昇格、退職手当の割増等の優遇措置(教諭よりも教頭が、また教頭よりも校長が優遇されている。)を講ずる反面、勧奨に応じない者からは降任承諾書を徴して教諭に降任し、以後幹部職員の職には就けないという方針を定め、募集期限を同年二月二八日としたうえ、これらを「昭和四九年度公立学校長等人事刷新要綱」としてまとめ、同要綱を区市町村教育委員会教育長、公立学校長等に送付した。

(三)  原告は大正四年二月九日出生である(昭和五〇年二月八日に満六〇歳となる。)が、昭和八年三月に長野県師範学校を卒業し、同三〇年四月一日から東京都北区内の区立小学校の教諭、また同三九年一〇月一日からは教頭として勤務した後、同四五年四月一日から同区立堀船小学校、次いで同区立赤羽台東小学校にそれぞれ校長として勤務していた。原告は、被告委員会における右退職勧奨の方針を熟知して校長に昇任したのであるが、原告が初めて右堀船小学校長に補職されるにあたつては、一〇〇人以上の校長が退職勧奨に応じて退職していた。

同五〇年二月、原告は、同年度中に満六〇歳に達する公立学校長の一人として、被告委員会から北区教育委員会を通して前記人事刷新要綱の送付を受けた。

(四)  同五〇年二月二六日、原告は、北区役所内において、退職勧奨年齢に達した他の八名の同区内の公立学校長と共に、岩田北区教育長から退職の勧奨を受けたが、同月二七日、同区教育委員会指導室に指導室長渡辺福秋を訪ねて退職する意思のないことを伝えた。東京都内の公立学校の校長及び教頭を構成員とする職員団体である東京都教育管理職員協議会は、かねて校長及び教頭の退職勧奨年齢を一般教員並みの六三歳に引き上げる運動方針を有していたので、原告はこの支援を受け、退職勧奨に応じない決意を固めていたのである。

(五)  同年三月四日から同月三一日までの間に、被告委員会は原告に対して、前後七回(うち二回は電話による。)にわたり退職を勧めたが、原告はこれに応じなかつた。その間原告自身は、赤羽台東小学校の教頭及び教諭一名に対し、「後進に道を譲つて欲しい。」旨申し向けて退職を勧奨し、同教頭らの退職の同意を取りつけておきながら、同月一二日、被告委員会に対し、校長の退職勧奨につき、教諭よりも厚遇されている退職手当等はそのままとしたうえ、更に教諭と同様に、退職勧奨年齢を六〇歳から六三歳に引き上げるべきであるから、勧奨退職に応じる意思も、教諭になる意思もないことなどを記載した内容証明郵便を送付するなどした。

他方、東京都内における公立学校数は限られており、また、一般教員からみると校長職は最高の地位であり、教員のうち首尾良く校長に昇任する者は全体のうちの五分の一以下に過ぎないことから、退職勧奨制度が始まつてから二〇年間において、満六〇歳に達した公立学校長のほぼ全員が退職勧奨の目的を了解して退職し、又は教諭になり、また、同勧奨に応じない者(二名)は都研における長期研修生として研修に従事することによつて、公立学校長の人事の刷新が図られてきていたから、東京都における公立学校長のみならず、教員間においてもまた、校長が退職勧奨年齢に達した場合には、後進に道を譲るために、引き続き校長職にとどまることが許されないものと意識されていた。そのため、原告と共に退職勧奨を受けた約二〇〇名の校長のうち、原告を除く全員がこれに応じて退職し、又は教諭となる(二名)ことになつていた。したがつて、被告委員会としては、原告をそのまま校長職にとどめておくことは人事管理上不公平のそしりを免れないし、また校長及びこれと同じ退職勧奨年齢の教頭人事の硬直化を奨励、促進することにもなりかねなかつた。しかも、原告は教諭となつて児童の教育に携わることも欲しなかつた。そこで被告委員会としては、公立学校長及び教頭間における人事の公平を図り、かつ、原告のために取りうる最良の措置として、原告の校長職を解いて、原告の校長ないし教育公務員としての経験を生かした学校経営及び教育に関する研究に従事させ、教育公務員全体のために役立たせることが適当であると判断し、原告に対して公立学校長としての身分とそれに応じた給与を支給しながら、都研における長期の研修を命ずる措置を講ずることとした。

そこで被告委員会は、同月二六日、原告の進退の如何に拘らず、赤羽台東小学校長の後任として訴外吉田道代を充てることとし、その内示をなした。

(六)  同年四月一日、都立白鴎高等学校校長室において、被告委員会教育長佐藤文男は、原告に対し、原告の赤羽台東小学校長を解き、東京都公立学校長と兼ねて東京都公立学校教員に任命し、北区立赤羽台東小学校教諭に補する(本件一次処分)の発令通知書を原告に交付した。被告委員会が右兼務の発令をしたのは、原告に対して同年四月以降教育現場から転じて都研での長期研修を命ずるにあたり、原告の所属を明らかにして、給与、共済組合関係等の事務処理上の都合を満たすための形式的な措置であり、赤羽台東小学校において児童の教育を担当させるための措置ではない。原告は、右通知書の受領に際し、職務命令であるので不本意ながらこれを受領する旨の覚書を読み上げた。

原告は、同日から自宅研修を命じられていたが、同年四月一六日、被告委員会は原告に対し、都研において、昭和五〇年度の長期研修生として同五一年三月三一日まで研修することを命ずる旨の研修命令を発した。原告は不本意であることを表明しつつ、これに応じた。被告委員会は、その後、原告に対して本件二次ないし同五次研修命令を発し、原告は、現在、長期研修生として五年目となつているが、被告委員会としては、今後とも原告を校長として教育現場に復帰させる意向はない。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告委員会が長年月にわたつて行なつている公立学校長等に対する退職勧奨の目的には合理性があり、かつ、本件処分は、被告委員会が、退職勧奨に応じて任意に退職し、又は教諭になつた校長及び退職勧奨年齢が校長と同一である教頭との間の公平を図り、かつ、原告に対して公立学校長の身分とそれに応じた給与を支給するなど原告の身分上の利害を最大限に考慮して講じられた唯一の措置であるといわざるを得ない。

ところで、校長に対する退職勧奨の目的が合理性を有する以上、これに応じて任意に退職する者などとの間の公平を図ることが必要にしてかつ不可欠であることは言うまでもないから、その運用にあたつてある程度の画一的措置が要請されることは当然であり、退職勧奨年齢に達した校長については、一律に校長の職を解き、再びこれに補職しないという措置が講じられることもまた、他に身分上特段の不利益を伴わない限り、やむを得ない措置であつて、相当の合理性があるものといわざるを得ない。

そうすると、原告が退職勧奨に応じないことから、本件処分によつて小学校長の職を解かれ、再びこれに補職され得ないからといつて、これをもつて原告が退職勧奨を拒否したことに対する報復として人事権を濫用してなされた措置であるということのできないことは明らかである。したがつて原告の右主張は採用することができない。

2  原告は、被告委員会の退職勧奨の方法が違法である旨主張するので、この点について検討する。

(一)  原告は、被告委員会が原告に対する退職の勧奨にあたり、原告を間接的に恫喝して、その意思形成を妨げたうえ本件処分をしているから、かかる勧奨の方法は、教育基本法第六条第二項に違反する旨主張するので、判断する。

現行法上地方公務員には定年制が施行されていないから、地方公務員は、地方公務員法第二八条以下に定められた事由又は任意の退職に依るものでなければその職を免じられることはない。したがつて地方公務員に対する退職の勧奨も、被勧奨者の自由意思を基本的前提とし、不当な強制にわたつたり、故意に詐言を弄したり、或いは被勧奨者の任意の意思形成を妨げるなど、被勧奨者の判断の自由を奪う行為があつてはならないことは原告主張のとおりである。

しかしながら本件の場合において、原告は当初から退職勧奨に応ずる意思はなかつたが、被告委員会は、原告に対し、昭和五〇年三月四日から同月三一日に至るまで前後七回にわたつて校長人事刷新等のために原告の理解と協力を求め、その過程において、退職勧奨年齢を超えた場合には、引き続き校長職にとどめておくことができないから、都研で研修をさせることになるなど原告も熟知している被告委員会の方針を述べて原告の翻意を要請したことは前記認定のとおりであるが、被告委員会が故意に詐言を弄したり、原告の意思を抑圧するなど勧奨の枠を超える不当な退職の強要をしたことを認めるに足りる証拠はない。更に、本件においては、被告委員会が原告を翻意させて本件処分に及んだものでもない。

したがつて、原告の自由な意思形成が妨げられて本件処分が行なわれたことを前提とする原告の右主張は失当である。

(二)  原告は、被告委員会が一定年齢で一律に退職を勧奨し、他方、東京都条例は、同年齢でこれに応ずる者にのみ優遇措置をし、これに応じない者にはそれ以後の昇給をさせず、また退職手当の算定にあたつてもそれ以後の勤務年数を考慮しないことは、条例によつて実質的定年制を導入したのと同じ結果になつているから、同条例は地方公務員法第二七条第二項等に違反するものであるというべきであるところ、被告委員会は、同条例との組合せによつて退職勧奨をしているから、右勧奨は違法である旨主張するので、判断する。

本件退職勧奨において、一定の年齢に達する者が一律に退職を勧奨され、これに応じて退職する者には代償として優遇措置が講じられることは前記認定のとおりであるが、かかる措置は、右運用の公平を図るための必要にしてかつ合理的な措置であるといわざるを得ない。他方右年齢を超えて勤務する者の給与又は退職手当などがどのように定められるべきであるかということは、その地方公務員たる身分の得喪とは全く関わりがなく、老齢の公務員一般の勤務条件に関する政策上の問題であるから、かかる公務員について条例上昇給停止の措置が講じられたからといつて、これをもつて地方公務員第二七条第二項に違反するものということはできない。

したがつて、原告の右主張は失当である。

(三)  原告は、校長と教諭等とでは退職勧奨年齢が異なり、また教諭が退職勧奨に応じなかつた場合には転任、研修などの措置が講じられていないから、校長に対する退職勧奨の方法は、地方公務員の平等取扱の原則(地方公務員法第一三条、第二七条第一項)に反し、違法である旨主張するので、判断する。

まず公立学校長と教諭又は都立高等専門学校の校長とでは、退職勧奨年齢に差異のあることは前記認定のとおりである。しかしながら、校長と教諭については、前記認定のとおり、被告委員会が校長(及び教頭)に対して退職勧奨をする目的に照らし、校長等の退職勧奨年齢が教諭の場合より低いというだけの理由から、直ちに地方公務員の平等取扱の原則に反するものということはできない。

また都立高等専門学校の校長等の退職勧奨年齢が六三歳であることは前記認定のとおりであるところ、更に前掲乙第六号証によれば、都立高等専門学校は航空高専及び工業高専の二校のみであつて、いずれも特殊な専門分野に関する学校であり、これらの学校を管理するための校長等は、それにふさわしい学識経験を有していることが必要であつて、かつ校内の教授、助教授を統括する立場にあるために、他の大学や国立の高等専門学校との均衡をも考慮しなければならないという事情にあることが認められる。したがつて、都立高等専門学校の校長等については、小、中、高校の校長と異なつた取扱をすることに相当の合理性があり、原告の右主張は採用することができない。

更に、教諭が退職勧奨に応じない場合にはなんらの条件が附されることもなく、また転仕、研修等も命じられないことは当事者間に争いがない。しかし、校長と教諭とでは、身分上及び職責上著しい相異があり、退職勧奨に応じない教諭について校長と同様の措置を講ずべき必要性はもちろん、その合理性のないことが明らかである。

したがつて、原告の右主張は採用することができない。

3  原告は、本件一次処分が原告の意に反した降任処分であつて違法である旨主張するので、判断する。

地方公務員法所定の職階制がいまだ実施されていないから、同法所定の降任とは、職員を降格させ、又は、法令その他の規定により公の名称(国家行政組織法第二二条参照)の与えられている職で、現に有するものより下位のものに任命されることであると解すべきであるところ、校長と教諭との間には行政組織上の上下関係が法制上(例えば学校教育法第二八条第三項ないし第六項)存在し、これらが公の名称にあたることは明らかである。したがつて、校長を免じられて教諭に任命されることは降任であるが、校長が兼務として教諭を命じられる場合には、これをもつて降任ということができない。これを本件についてみれば、原告は、公立学校長の身分を保有するのみではなく、その身分に応じた給与を支給されていることは前記認定のとおりであるから、本件一次処分が原告に対する降任処分であるということはできない。もつとも原告が、本件一次処分によつて、赤羽台東小学校長の補職を解かれ、兼ねて教員に任命され、かつ、同小学校教諭に補職されているが、赤羽台東小学校長又は同校教諭という名称は、右にいう公の名称には当らないものというべきであるから、右教諭の補職をもつて降任処分であると解することは相当でない。このことは、仮に、原告が右兼務を解かれ、赤羽台東小学校長に補職された場合には、これをもつて昇任処分があつたものとは解しえないことからも明らかである。

のみならず、原告に対する右兼務発令は、前記認定のとおり、給与支払等の事務処理上のための形式的措置であるに過ぎないことを考慮すれば、本件一次処分をもつて降任処分があつたものと解することは到底できない。したがつて、本件一次処分が降任処分であることを前提とする原告の主張は採用することができない。

なお、原告の右主張には、本件一次処分が降任処分ではないとしても、校長職を解かれたことが地方公務員法第四九条第一項所定の原告の意に反する不利益処分にあたるとの趣旨が含まれているものと解されるので、判断する。

被告委員会は、退職勧奨の運用の公平を図るための措置として、原告に対し、その経験を生かして学校経営及び教育の研究に専念させることとし、本件一次処分及び本件研修命令によつて、小学校長の職を解き、公立学校長の身分とそれに応じた給与を支給しながら、長期の研修を命じていることは前記認定のとおりである。ところで教育公務員が長期研修を命じられた場合につき、教育公務員特例法第二〇条第三項は、その身分とそれに応じた給与の支給を保障しているものと解されるところ、証人風巻磊蔵の証言によつて、成立の認められる乙第一ないし第四号証の各一、二、同証人の証言によれば、校長が長期研修を命じられる場合の身分については、現実に校長の職務を遂行することが不可能であるため、原告の場合と全く同様に、校長の職を解かれ(但し、教頭から校長に昇任直後の場合には、校長に補職されない。)、公立学校長の身分を保有(更に、形式的措置として、兼ねて教員に任命され、かつ、従前の勤務校の教諭に補職される。)するに過ぎないことが認められ、また、公立学校長数と公立学校数とが符合しなければならないと解すべき根拠も存しない。

そうすると、原告は、本件一次処分によつて校長の職は解かれたが、これは、退職勧奨の運用の公平を図るための措置というばかりでなく、校長が長期の研修を命じられる場合の通常の措置であり、かつ、その身分及び給与についても教育公務員特例法第二〇条第三項の定めのとおり保障されているのであるから、本件一次処分によつて校長の職を解かれたことをもつて原告の意に反する不利益処分であるということはできない。

したがつて、原告の右主張は採用することができない。

4  原告は、本件研修命令が違法である旨主張するので、検討する。

(一)  まず原告は、本件研修命令には法律上の根拠がなく、また本人の同意がないから、違法である旨主張するので、判断する。

およそ公務員である以上、程度の差こそあれ、その職責の遂行のために、絶えず研究と修養に努めなければならないことは当然であるが、とりわけ教育公務員については、その職務と責任の特殊性(教育基本法第一条、第六条第二項)から、このことは自明の理であつて、なお、その研修の重要性に鑑み、教育公務員特例法第一九条第一項は、これを教育公務員に義務づけると共に、同条第二項は、任命権者に対して研修施設及び同計画等の樹立、実施を義務づけ、更に、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条第八号は、任命権者に対し、校長、教員等の研修に関する事務の管理・執行の権限を付与し、次いで、教育公務員特例法第二〇条第一項は、一般公務員の場合(例えば地方公務員法第三九条第一項及び第三項)と同様に、教育公務員に対して任命権者の実施する研修を受ける機会を与えなければならないものと定めている。したがつて、被告委員会が原告に対して職務命令として研修を命じうることは明らかである。

もつとも、同法第二〇条第三項所定の長期研修の場合には、任命権者が研修効果を高めるために本人の意向を徴することが望ましい場合もありうるが、このようなことから、直ちに任命権者は本人の同意がない限り職務命令として研修を命ずることができないと解することは相当でないし、研修自体の重要性から考えても、原告主張のように本人の同意が必要であると解する根拠は存しないものといわざるを得ない。

したがつて、原告の右主張は採用することができない。

(二)  原告は、被告委員会は原告を再び小学校長に補職する意向がないのであるから、校長の職責の遂行と関係のない本件研修命令は違法である旨主張するので判断する。

教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究し修養する義務を負つており、任命権者はこれに対し職務命令として研修を命じうることは前記のとおりであるが、このような研修又は同命令も、教育の目的を遂行し、実現するための必要な手段として存在意義を有することはいうまでもない。

校長は、本来、教育行政を本務としている(学校教育法第二八条第三項)から、その職にある限り、絶えず学校経営ないし教育について研究する義務があり、また、任命権者は、そのための研修を命じうるが、例えば、近く退職を予定される経験豊かな校長に対し、その経験を生かした学校経営ないし教育に関する研究に専念させ、それまでの研究と合せてその成果をまとめさせることは、教育の目的を達成するために必要にしてかつ有益であることは疑いがなく、かかる校長に対する研修命令が、退職間際であるからといつて、直ちに違法となる筋合はない。

本件においても、原告は、校長ないし教育公務員としての身分を有する限り、教育の目的を実現するために努力する義務があることは明らかであるところ、本件研修命令は、原告の校長ないし教育公務員としての経験を生かした学校経営ないし教育に関する研究に従事させるにあることは前記認定の通りである。

そうすると、本件研修命令は、原告の校長ないし教育公務員としての地位に関連し、かつ、その能力に応じた内容についての研究であるということができるから、原告が再び小学校長として補職されることがないという理由のみで、直ちに同命令が違法となるものではない。

したがつて、原告の右主張は採用することができない。

(三)  原告は、本件研修命令が、原告に対して、乙研と称され、蔑視されている長期研修生を命ずるものであり、これは原告の意に反した不利益処分であつて違法である旨主張するので、判断する。

成立にいずれも争いのない甲第一〇号証の一、二、第一一号証、第一二号証の一、二、第一三号証、第二〇号証の一、二、第二一号証、第二五号証、証人保坂一郎の証言によつて成立の認められる甲第一七号証ないし第一九号証、証人坂本林三、同保坂一郎、同風巻磊蔵の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 都研は、東京都における教育の充実、振興を図るために東京都によつて都内目黒区目黒一丁目一番一四号に設置された機関であつて、教育に関する調査研究、公立学校に勤務する教職員の研修、科学技術教育の研究、研修、普及、都民に対する教育相談、教育に関する資料の収集及び活用等に関する事業を行なつており、所長以下一四〇名余の職員を擁している。右研修事業のうち、都研が東京都内の教育公務員に対し実施している長期(一年)の研修には、校長長期研修生、教員研究生、長期研修生の三制度がある(同三制度があることは当事者間に争いがない)。

(2) 右の校長長期研修生というのは、東京都公立学校の校長として教育の目的達成に必要な人格、識見を高め、資質、能力の向上を目指して行なうものとされているが、具体的には校長昇任直後又は校長の経験の浅い若手(五三歳以下)で将来有望と目される校長が区市町教育長の推薦によつて選考されたうえ、一年間都研において学校経営等校長としての研修を積むものであり、その数は年間一〇名程度に過ぎない。

教員研究生は、公立学校の教員中、特定の教育上の研究テーマを有している者の中から公募によつて選考され、一年間都研又は大学において研修するものである。

また長期研究生は、公立学校教員(校長を含む。但し校長の身分を有する者が長期研修生を命じられる場合には、校長長期研修生の場合と同様、校長の補職を解かれ、教員としての任名、補職を受ける。)で、校長長期研修生又は教員研究生以外の者であり、従来、退職勧奨に応じなかつた校長(二名)はいずれも長期研修生を命じられている。

原告は、研修の具体的課題につき、都研経営研究部長保坂一郎と相談のうえ、校長としての立場から、学校経営及び教育に関する課題を決めて、自由に研究している。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、都研における教育公務員の長期研修に関する三制度の目的に照らし、原告は校長長期研修生及び教員研究生に該当しないことが明らかであるから、被告委員会が原告に対して長期研修生を命じたことは当然の措置であり、しかもこの措置によつて、原告の身分上又は給与上にはなんらの不利益も生じていないものといわざるを得ない。もつとも、原告は、長期研修生は、他から蔑視されている旨主張するが、かかる事実が存在したとしても、右判断になんらの消長を来すものでないことは明らかである。

したがつて、原告の右主張については、その他の点について判断するまでもなく、採用することができない。

5  以上の次第であるから、被告委員会の原告に対する本件退職勧奨及び本件処分にはなんらの違法がないものといわざるを得ない。

四  被告東京都に対する損害賠償請求について

既に述べた通り、被告委員会の原告に対する本件退職勧奨及び本件処分にはなんらの違法も認められない以上、原告の被告東京都に対する損害賠償の請求は、前記の各措置が国家賠償法にいう「違法性」を欠くことになるから、その他の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかである。

五  結論

以上の次第であつて、本件訴えのうち、本件一次ないし四次研修命令に関する部分は、訴えの利益を欠くから、これを不適法として却下し、原告のその余の請求は、いずれも理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 古館清吾 赤西芳文 西野喜一)

目録

1 被告委員会の原告に対する昭和五〇年三月三一日付発令通知書による「東京都北区立赤羽台東小学校長を解く」旨の処分

2 同年四月一日付発令通知書による「兼ねて東京都公立学校教員に任命する。東京都北区立赤羽台東小学校教諭に補する」旨の処分(以上の1及び2を「本件一次処分」という)

3 同昭和五〇年四月一日付発令通知書による「昭和五〇年度の長期研修生として東京都立教育研究所において昭和五一年三月三一日まで研修することを命ずる」旨の命令(本件一次研修命令)

4 同昭和五一年四月一日付発令通知書による「昭和五一年度の長期研修生として東京都立教育研究所において昭和五二年三月三一日まで研修することを命ずる」旨の命令(本件二次研修命令)

5 同昭和五二年四月一日付発令通知書による「昭和五二年度の長期研修生として東京都立教育研究所において昭和五三年三月三一日まで研修することを命ずる」旨の命令(本件三次研修命令)

6 同昭和五三年四月一日付発令通知書による「昭和五三年度の長期研修生として東京都立教育研究所において昭和五四年三月三一日まで研修することを命ずる」旨の命令(本件四次研修命令)

7 同昭和五四年四月一日付発令通知書による「昭和五四年度の長期研修生として東京都立教育研究所において昭和五五年三月三一日まで研修することを命ずる」旨の命令(本件五次研修命令)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例